百獣の王・武井壮さん。タレントとしてそしてアスリートとして芸能界で根強い人気を博し、運動神経、芸人としての面白さに加え、発する名言や思考、哲学、行動どれをとっても「頭いい」と結論づけることができるそんな魅力ある人物です。
今でこそ、武井壮さんは運動能力だけでなく、発する言葉の数々が多くの人の共感を呼び、多大な影響を与えていますが、その生い立ちは凄まじいほどに辛いものがあります。
この記事では武井壮さんの頭いい理由について、生い立ちから兄や坂本忍さんの証言、そして武井壮さんの名言などを取り上げて、いろんな角度から紹介していきます。
武井壮の経歴プロフ
まずざっと、武井壮さんの経歴プロフィールを紹介していきましょう。
プロフィール
名前:武井壮(たけい そう)
本名:同上
生年月日:1976年5月6日
年齢:46歳(2020年現在)
出身地:東京都葛飾区
身長:175cm
体重:69kg
職業:タレント、元陸上競技選手、陸上競技・十種競技元日本チャンピオン。
学歴: 修徳中学校、修徳高等学校(東京都葛飾区)、神戸学院大学法学部、中央学院大学(スポーツ推薦)
略歴:日本陸上日本陸上十種目競技大会において、陸上経験2年半で優勝をはたす。十種目100mでは元日本記録保持者。その後はゴルフ留学で渡米。台湾プロ野球リーグ中信ホエールズに特別コーチとして招き入れられる。本格的芸能界デビュー(ブレイク)は39歳、2013頃。芸能活動7年目。
略歴だけでもものすごいですが、「百獣の王」と検索すれば、トップページに武井壮の名前や関連ページが出てくるということで、自分という存在を形容する言葉が世間に認知されているということ自体が、その存在感と影響力を表していますよね。誰もが真似できることではありません。
武井壮の頭がいい理由!
武井壮さんは、2016年の6月8日に放送された、『あいつ今何してる?』(テレビ朝日系列、毎週水曜19:00~)の番組内で、実は頭脳はだったことも告白しています。
「僕は中学・高校は6年間ずっと中間・期末テスト、全部学年トップだったんですよ」
運動もできて頭も良く、マッスルな上に猛獣も倒せるなんて、いわばパーフェクトヒューマンですよね。笑
頭脳明晰の理由は単なる生まれつきではなく、武井壮さんの場合は生い立ちが大きく影響しているということでその理由を調べてみました。
頭がいい理由①生い立ち
幼稚園の頃のオレ。。左側ね。。この頃から強くなりたかったんだろうな。。右は兄貴。。さて、試合に行ってこよう。。 pic.twitter.com/2Acj0RGCh0
— 武井壮 (@sosotakei) October 18, 2013
武井壮さんは幼い小学生の頃に両親が離婚して、母親は行方知らず、父子家庭なりその父親も別の女性と結婚し、それから父親とは別に暮らしていたので、実際は2歳上の兄との2人暮らしをしていたそうです。
住む住所はあったものの、自分の生活費は自分で稼がなくてはいけないほどにお金に困っていたようです。
近所の大きな家に住んでいる方が、僕の境遇を知って、「うちのゴミ出しを手伝ってくれたら、毎月500円あげる。ほかの家の分もやれるなら、私がみんなからお金を集めてあげる」と言ってくれました。そこで早起きして、家の前に出されたゴミを集積所まで持っていくように。最初は30軒程度でしたが、徐々に増え、多い時には150軒にまでなりました。
今思うと、たぶんそのおばさんはご近所から徴収などせず、ご自分で負担してくださっていたんだと思います。子どもだから何も考えずに頑張って軒数を増やしてしまったけど、150軒だと月に7万5000円ですからね……。
でも、そのあたたかい援助のおかげで、一定の期間、生活は楽になりましたし、「お金」というものに向き合うきっかけにもなった。人が嫌がることを引き受ければ、そこにお金を支払う人もいるのだということも学べて、いい経験ができたと思います。
婦人公論から抜粋
この武井壮さんの不遇とも言える生い立ちから、武井壮さんが身につけた「生きる力」こそが「知恵」ですね。
順風満帆な家庭環境で育った子供は通常「お金を稼いで生計を立てる」という経験は大人になるまでありませんが、武井壮さんの場合、その生い立ちにより「生きる術」を体感的に学んできました。
これは誰もが経験することができない「社会経験」であり「実地教育」であり歳若くして大きな鍛錬の環境に身を置くことになりますが、これが武井壮さんの「生きる知恵」となり頭いいと評される根底にあることは間違いありません。
頭がいい理由②努力
そのような生い立ちを持つ武井壮さんですから、中学生の頃は生活のためにアルバイトをしなければなりませんでしたが、知識も経験もないので稼げる収入などもわずかでした。
月末にはガスや電気が止められてしまうようなこともよくあったんだとか。。
つまり常に「生活とお金のやりくり」を考え危機感を持ちながら、必死に生きていくことを余儀なくされたわけですね。
経済的必要のため、成績がいいと学費が免除される中高一貫校を選び、そこで中高6年間は勉強漬け。常にトップの成績を修め続け、6年間の学費を全て免除してもらい、奨学金を生生活費の足しにして卒業。かねてから念願の大学進学も果たすことができたそうです。
「うちの学校は成績がトップだと学費も入学金も全部タダになるんですよ。しかも1番だと月に1万何千円か、学校から教科書代みたいな、参考書代みたいな奨学金がもらえるんです。だから、僕6年間通って学費は1円も払わず、100万円ぐらいもらって通っていたんですよ」
引用:https://dogatch.jp/news/
このように番組でさらっと語っていましたが、これはいうは易し行うは難しであることは誰もが容易に想像できますよね。
出身校である東京都葛飾区の修徳中学校、高等学校は偏差値的には46-54とそれほど高くはありませんが、全国的に見れば上位25%あたりに位置する優秀な学校です。
そこでトップを取り続けることは簡単なことではありませんし、その陰に並々ならぬ努力があったに違いありません。
他の学生は放課後に塾に通ったりもできていたでしょうし、その中でアルバイトもしながら学校の勉強と自習だけで学年トップを撮り続けることは並大抵の努力では決して到達できない水準であることでしょう。
頭がいい理由③向上心
世界マスターズ一緒に戦ってくれた仲間と打上げ。。最高に幸せな夜だなあ。。今日はゆっくり過ごしてもいいかなあ。。あ、このあと先週お休みさせてもらった日本テレビ『スッキリ』に電話でフランスから生出演します!!みなさん是非見て下さい!!! pic.twitter.com/qVDdBLw0yb
— 武井壮 (@sosotakei) August 16, 2015
生活苦のために、将来スポーツで生計を立てていくために、中高時代からトレーニング理論を考えたり、高校時代にはすでに自分なりのトレーニング理論は構築しどんなスポーツでもプロとしてやっていけるだろうと確信を持つようになったそうです。
大学時代の友人から誘われたことをきっかけに陸上競技をはじめ、わずか2年半で十種競技の日本チャンピオンに輝き、テレビで目にするスター選手のような憧れの人生を自分も送れると思っていたにも関わらず、誰からも注目されない競技を選んでしまった自分の選択ミスと不勉強を思い知らされ、日本一になった翌日にどん底に落ちたような気持ちになったそうです。
短距離だけでは、限界がある――そう思って陸上十種競技に転向したのもこの頃です。競技歴2年半で、僕は日本インカレやグランプリ、日本選手権で優勝し、日本一になりました。この時出した100m走と400m走の記録は、当時の日本最高記録でした。
すぐに企業からオファーをいただいたのですが、提示された報酬が、一般的なサラリーマンとさほど変わらない額だった。正直、これには打ちのめされましたね。
婦人公論から抜粋
他者から見ればそれでもすごいことですが、幼い頃から努力を積み重ねてきた武井壮さんにとっては、陸上競技で日本一のクオリティを備えているのに、それだけしか評価されないことに衝撃を受けたようです。
そうした失敗経験もありながら、経済の仕組みを学んでいなかった自分を反省し、そこからスポーツの分野における「日本一」という能力に、経済的な付加価値を持たせるには何が必要なのかを考え始め、結果的に芸能界に進もうという進路を決断したというのだから驚きです。
しかし、芸能界で活躍するために必要な「メジャースポーツの経験」と「トーク力」を身につけるために、スポンサーをつけてアメリカに3年間ゴルフ留学、その後トレーニングコーチとして台湾のプロ野球チームで2ヶ月間経験と実績を積み上げます。
その後さらに西麻布の芸能人がよく集まるバーに年間140回以上足を運び、芸人との会話を録音し、世間話から笑いをとっている面白い部分だけを編集してなんども聞き直し、反復し車内で練習を繰り返しトーク力を磨いていきます。その下積み期間がなんと8年間!
そして、2006年3月19日に西麻布のスポーツバーで、犬用ガムを噛んで顎を鍛えている所をピエール瀧に「発見」され、その後満を持して芸能界デビュー。
瞬く間に「百獣の王」としての地位を不動のものにします。その頃のデビュー当時の猛獣との格闘ネタ披露動画がこちら ↓
https://www.youtube.com/watch?v=HoBlGT0AApU
ぽっと出のたまたまブレイクの芸人ではなく、足掛け10年近くも芸能界進出を綿密にイメージしながら下積みと努力と行動を積み重ねての芸能界入り。成功するのも必然だったのでしょうね。
このように試行錯誤を繰り返しながら、自分のオリジナルな「強み」を活かしつつ、勇敢に芸能界にも挑むチャレンジ精神と向上心に本当に脱帽ですし、そのレベルで自己管理できている人は芸能界でも一握りなのではないでしょうか。
過酷な生活環境にも負けない努力と向上心こそが「頭いい」武井壮さんの土台なのでしょう。
武井壮が頭がいいと証言【兄と坂上忍】
武井壮さんについてネット上で調べてみると既に若くして亡くなられたお兄さんと坂上忍さんについての情報がたくさん見受けられます。
というのも、先述しましたように武井壮さんが小学生高学年の頃から2つ年上の兄と二人暮らしが始まります。
お兄さん(武井情たけい じょう)さんは中学を卒業すると同時に俳優を目指して養成所に入所し、3歳年上の坂上忍さんの付き人を務めていました。
二人は歳が近いこともあり、仕事以外でプライベートでもよく一緒に時間を過ごしていたと言います。
武井情さんは20歳の頃になり、ようやくCMやドラマなどにも出演を果たしてこれからという矢先に、小腸ガンを宣告され、23歳から闘病生活が始まり、わずか1年足らずで24歳という若さで死去されました。
証言①兄の「あいつは出来がいい弟」
武井壮さんの兄、情さんは生前、坂上忍さんによく弟のことを話していたそうです。
「そいつがかわいがってた弟がいて。ずっと自慢するんですよ、『うちの弟はスポーツやってて、出来がよくて。何とかなってほしい』とか」と坂上。
引用:デイリー
2012年頃に坂上忍さんは、テレビで「武井壮」という名前を発見し、「え、?!こいつもしかして・・・」と驚き、「号泣した」そうですね。
それほどお兄さんの情さんとは歳も近いですし仲が良かったのでしょう。それにしてもかつての旧友が話していた弟が、コネでもなんでもなく実力で、自分や情さんと同じ芸能界に入ってきたことを坂上忍さんもさぞかし驚いたことでしょう。
証言②坂上忍の「兄が芸能界に入った理由」
実は武井壮さんのお兄さんである情さんが芸能界を目指した理由は、武井壮さんのためだったといいます。
父親からの限られた経済的援助が全て弟の武井壮さんに行くように、兄である情さんは地震の高校進学を諦め、芸能界を目指したことを、芸能界にはいって初めて坂上忍さんから聞き武井壮さんは衝撃を受けました。
「オレの兄貴は、親と離れて暮らすしかない環境で、勉強やスポーツのできたオレを思って中卒で俳優さんの付き人をはじめたと忍さんに聞いて驚いた。。」ことがあったことを明かし、「死んじゃった兄貴の分はとっても埋められないけど、本気になればどこまでも登れるかオレが進むから見て楽しんでくれてたら嬉しいわ。。」と亡き兄に向けて呼び掛けていた。
引用:デイリー
このように武井壮さんの決断の根底に、「兄の絶たれた夢の分も生きたい」という熱い思いがあるのでしょうね。
武井壮の頭いい名言まとめ
講演会での名スピーチ
これは武井壮さんのプレゼンの中での最高峰のクオリティの高い講演内容になっています。
社会的価値を生み出すものは「人が求める数」であり、その人の価値であったり、世に送り出す商品の価値というのは「喜んでくれる人の数」に比例するという、人間学や経済学の核心をついたような名スピーチなので、見たことのない方は一見の価値ありです。
https://www.youtube.com/watch?v=ol3HeIACFy0
僕がスポーツだけでは手に入れられなかった知名度や需要が得られる。そして、芸能界に僕と同じレベルでスポーツをプレーできる人はいない。それを混ぜれば、経済的に化学反応が起きて面白いのではないか、と思ったのです。
婦人公論から抜粋
武井壮のソクラテスの弁明「無知の知」理論
https://www.youtube.com/watch?v=xFkmP4wrFSs&feature=emb_logo
知のスポーツとして人気となりつつある「ビブリオバトル」。 武井壮さんが「ソクラテスの弁明」を引っさげ参加されたそうです。 ソクラテスといえば「無知の知」。 武井壮さんが語る「無知の知」が本当に素晴らしくて感動ものです。必見!
武井壮さんは、早稲田大学にて行われたこのビブリオバトルのエキシビジョンマッチに参加し、読売新聞の主任研究員や早稲田大学代表を抑えて、見事チャンピオンを勝ち取ります。
武井壮さんが人生においてもっとも大切にしている2つの考え方
- やりたいことをやって生きていく
- 自分史上最高(いつまでも満足しない)
を生み出すきっかけを与えてくれたのがこの『ソクラテスの弁明』ソクラテスの弟子であるプラトンが執筆したこの本だといいます。
昨日の自分より今日の自分の方が成長していれば、昨日よりも楽しい人生を送れるのではないかと、自分の現状に決して満足しない向上心が素晴らしいですね。
武井壮ツイート名言集
『武井さんいいですよね、人生楽しそうで羨ましい。。』なんてこと言われるけど。。つまんねえとこから一歩ずつ登っただけなんだよな。。みんなスタートは一緒だわ。。
— 武井壮 (@sosotakei) May 30, 2014
1時間ってすごく大切だ。。1年で365時間。。たった15日間だけど。。何かを本気でやればスペシャリストになれるくらいの時間。。怠けるのも後回しにするのもいい。。自由だからさ。。でも勝ちたいならやったほうがいいわな。。来年も毎日1時間必ず自分を成長させる時間を過ごす。。
— 武井壮 (@sosotakei) December 30, 2013
すぐ頭に浮かぶ事は難しいことが多いよな。。すぐ思い付くからみんなやろうとして競争率が高い、でもできそうでなかなかみんなやらないから、簡単そうでできないことなのかもしれない。。日々の継続ってそれに当たるかも。。どんな事も続けて成長すればできるんだけど。。易きこと難し、有難しだな。。
— 武井壮 (@sosotakei) May 26, 2014
なんでそんなに頑張れるの?ってそら一回しかない人生のすげー大切な1日を過ごしてんだもの、少しずつでも積み重ねて、できるだけ素晴らしい人生にしたいからだよ。。
— 武井壮 (@sosotakei) July 20, 2016
生活費のために1日8時間以上働けるのに自分の目標のために残りの16時間をなんにも使わねえってもったいなくねえかな。。
— 武井壮 (@sosotakei) July 7, 2016
若い頃は辛いことや上手くいかないことばっかだし憧れや夢や嫉妬や希望が入り混じって大変だよな。。オレもダメダメな時期が沢山あったし未だに苦しい日もあるし分からないこと沢山だし、誰かに勝てるかなんて分からねえ。でも成長するために使った時間だけは信じられる武器になる、頑張ってこうぜ。。
— 武井壮 (@sosotakei) June 30, 2016
まとめ
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このように、武井壮さんの「頭脳明晰」「頭いい」という能力と才能は、一夜漬けにして身についたものではなく日頃の研究や分析、生い立ちにより余儀なくされた過酷な生活環境とそれにめげずに努力を重ねた、結晶であることがわかりましたね。
本当に「生きる力」と「人間力」を武井壮さんからは学ばせていただけます。こうした生き方を見ていると、どんな不運と思えるような人生の逆風も諦めずに「向き合う」ことで道が開けるということを武井壮さんの生き様から学ぶことができるのではないでしょうか。
過去の自分に打ち勝ち常に、今の自分が史上最高であると向上、成長し続ける武井壮さんの今後の活躍にいよいよ目が離せませんね!
これからも応援しています!